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「侍真僚」墨書土師器焙烙(「侍真僚」ぼくしょはじきほうろく)
名 称 | 「侍真僚」墨書土師器焙烙(「侍真僚」ぼくしょはじきほうろく) |
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出土遺跡 | 島津家墓所(鹿児島市池之上町) |
分 類 | 土師器 |
年 代 | 近世(18世紀前半) |
説 明 | 火にかけて豆や茶、塩などを炒るのに用いた底の浅い素焼きの鍋。写真の資料はその把手部で、現代のフライパンのように使っていました。把手には、「侍真(眞)寮」と墨書されています。侍真寮とは、開山堂(仏教寺院において初代の僧を祀ったお堂)での法要に携わる僧侶の寮舎で、出土地は島津家の菩提寺である福昌寺の寺域にあることから、福昌寺の侍真寮で使用するよう明記された焙烙と考えられます。なお、享保20年(1735年)に起きた火災により開山堂や侍真寮は焼失し、その後侍真寮は復旧されなかったと文献に記録が残っています。焙烙の出土地点一帯では、被熱し赤色化した礫や被熱痕が残る遺物が大量に発見されているため、この焙烙は侍真寮が焼け落ちる直前まで使用されていた可能性が高いといえます。 |
収載報告書 | 鹿児島市埋蔵文化財発掘調査報告書(80)2017『薩摩藩主島津家墓所(福昌寺跡)調査報告書』 |